No.006 航空母艦 赤城(天城型巡洋戦艦改造空母) 

概要

赤城は、八八艦隊(戦艦8隻・巡洋戦艦8隻の整備計画)のうち天城型巡洋戦艦の2番艦として起工された。だが建造中にワシントン海軍軍縮条約が締結され、巡洋戦艦ではなく航空母艦として完成した。 1920年(大正9年)12月6日、赤城は呉海軍工廠で起工した[1]。完成前の1922年(大正11年)にワシントン海軍軍縮条約が締結されたことから、条約に従い主力艦としての廃艦処分を回避するため、当時は補助艦艇であった航空母艦に改造されることになった。完成当初の赤城の飛行甲板はイギリス海軍空母フューリアスの第二次改装を参考にして三段式であった(フューリアスは二段)。

航空機の発達にともなって飛行甲板の延長が必要となり、先に大改装を行っていた加賀を参考に1938年(昭和13年)に全通式の飛行甲板に延長するなどの近代化改装が佐世保海軍工廠で施された。

太平洋戦争

赤城にとって、太平洋戦争(大東亜戦争)の真珠湾攻撃が本格的な初陣となり、加賀とともに引続き第一航空戦隊を編成し、日本軍航空隊の奇襲により、アメリカ軍太平洋艦隊は潰滅した。その後、オーストラリアの港湾都市ポートダーウィンを空襲、インド洋へ進出し、セイロン沖海戦では、他の空母とともにイギリス海軍重巡洋艦ドーセットシャー、空母ハーミーズを撃沈するなど破竹の進撃を続けた。

しかし、ミッドウェー海戦にて、米空母エンタープライズから発進した艦上機SBD ドーントレスの急降下爆撃を受け、庫内の燃料満載の九七艦攻や外した陸用爆弾に誘爆し、魚雷にて処分した。

 

艦これの赤城

ロングの黒髪。空母の特徴でもある弓道着を思わせる格好で弽(ゆがけ)や胸当てをつけています。

空母機動部隊の旗艦も務める航空母艦の艦娘、赤城。零式21型や九九艦爆、九七艦攻などの自慢の艦載機の組み合わせで、強力なパンチ力を繰り出す彼女も、後輩から慕われる優しい艦娘先輩です。(DMM公式サイト)

「あの、提督?ごは…あ、いえ!作戦開始はまだでしょうか?」

というセリフから、赤城は大食艦という、良い意味で彼女らしいあだ名が付けられ、更に出撃時の台詞「一航戦!赤城!出ます!」の台詞が「一航戦!赤城!寝ます!」に改変され、食っちゃ寝キャラと化してしまうことも。

出撃するたびに資材を圧迫し、戦艦に比べ防御力も低く被弾すれば長時間入渠を余儀なくされるのが空母と言う艦種そのものの特徴である。しかし、赤城は早い段階で手に入り、レベルがアップしやすく修理コストが膨れ上がってしまうので、このようなキャラになってしまった。

赤城の牛丼mode?いや、なか卯mode。

 

プラモデル

 

 

 

 三段式空母

 

建造当初の赤城は三段式であったが、中段は20㎝連装砲2基と艦橋があり、飛行鋼板として使用されなかった。下段甲板もほぼ使われず、搭載機も36機しか積めなかった。空母の用法も決まっておらず、三段甲板に2基の20㎝連装砲、後部両舷に単装砲を三基ずつ据え、砲戦の機会とあると考えられていた。後に航空機の発達とともに飛行甲板の延長が必要となり、近代化への改装となっていきます。

 

巡洋戦艦
41 cm主砲10門という加賀型戦艦と同等の攻撃力と30 ktの高速力を両立させる関係上、船体全長は250 mを超えるものとなった。防御は加賀型より装甲を薄くした設計となっているが、加賀型と同じく舷側防御に傾斜甲鈑やバルジを採用、甲板装甲を最大95 mmとするなど、長門型戦艦よりも防御力が上回る本型は、フィッシャー型のバトルクルーザーから進化して、同等クラスの主砲弾に耐える装甲を持つ、排水量4万1000tの高速戦艦となる計画でした。
1922年(大正11年)に締結されたワシントン海軍軍縮条約により、本型は全艦が建造中止となり、航空母艦として改造されることとなります。

 

 

 同型艦の天城型巡洋戦艦の動画です。(World of Warshipsより)

フィギュア

 

夜戦仕様

                                         

基本情報

基本情報
建造所 呉海軍工廠[1]
運用者  大日本帝国海軍
種別 航空母艦
艦級 (天城型)
次級 加賀
母港 横須賀[2]
経歴
起工 1920年12月6日[1]
進水 1925年4月22日[1]
竣工 1927年3月25日[1]
除籍 1942年9月25日
最後 1942年6月6日雷撃処分
要目(近代化改装後[3])
基準排水量 36,500英トン[4]
公試排水量 41,300トン
全長 260.67m
水線長 250.36m
水線幅 31.32m
飛行甲板 249.17m×30.48m
エレベーター3基
着艦識別文字: ア[5]
吃水 8.71m
出力 133,000hp
速力 31.2ノット
航続距離 8,200カイリ / 16ノット
乗員 最終時 1,630名[6]
兵装 20cm単装砲 6門
12cm連装高角砲 6基12門
25mm連装機銃 14基28門
搭載機 常用66機、補用25機
1941年12月7日保有機[7]
零式艦上戦闘機:21機
九九式艦上爆撃機18機
九七式艦上攻撃機:27機

 

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